安野モヨコを語るうえで避けて通れないのが、2008年春に突如発表された執筆活動の一時休止です。当時、週刊モーニング(講談社)で連載中だった『働きマン』はテレビドラマ化・アニメ化も果たし、社会現象と呼べる大ヒットを記録していました。しかし、その過熱ぶりの最中で連載はストップし、多くのファンに衝撃を与えました。
休載理由の真相については、のちに自著やメディアのロングインタビューで彼女自身の言葉によって明かされています。直接の原因は、長期にわたる極度の体調不良と重度のバーンアウト(燃え尽き症候群)でした。当時の制作現場では、週刊誌のタイトな進行に加え、他誌での連載や単行本作業、カラーイラストのオファーが怒涛のごとく重複していました。主人公・松方弘子が「仕事モードに入ると男スイッチが入る」と叫びながら心身を削って働く姿は、まさに著者自身の日々の投影そのものだったのです。
当時の状況について著者は、「描きたい意欲はあるのに、机に向かうと身体が拒絶反応を起こす」「心身のエネルギーが完全に底をついてしまった」という趣旨の告白を手記に残しています。商業漫画のハイペースな締め切りサイクルが、表現者の限界を超えていたことは明白でした。
ファンが最も気に掛けている『働きマン』の連載再開の状況ですが、2026年現在も講談社の公式アナウンスにおいて本編の定期連載再開は告げられていません。未収録原稿の単行本化や物語の正式な完結を望む声は根強く存在しますが、公式プロダクションおよび出版関係筋によると、現在は「著者の健康維持と創作ペースを最優先とする」という方針が一貫して保たれています。
無理な商業的ノルマを課すのではなく、納得のいくコンディションで一作一作に向き合うスタイルへシフトしたことこそが、後述する数々の傑作の誕生と、息の長い作家生命を支える防波堤となっているのです。