長年にわたり週刊誌やファンの間で囁かれ続けてきた「不仲説」の正体は、結論から言えばメディアが作り出したドラマ的対立構図と、ふたりが保っていた高度なプロフェッショナリズムの誤読です。
「太陽」と称され、持って生まれた天性の勘と華やかなパフォーマンスでファンを酔わせた長嶋氏に対し、王氏は荒川博コーチとの二人三脚による猛特訓で一本足打法を完成させた「努力の求道者・月」として対比されました。マスコミはこの明快なコントラストを好んで取り上げ、些細な仕草や打順をめぐるエゴの衝突をセンセーショナルに書き立てた背景があります。
現場のリアルな証言を辿ると、ふたりの距離感は「馴れ合いを徹底的に排除した戦友」でした。遠征先で毎晩のように連れ立って飲み歩くような関係ではなかったものの、グラウンド上では三塁手と一塁手として絶妙なアイコンタクトを交わし、互いの打席を最も真剣に見つめ合っていました。
王氏は自著や特番インタビューの中で当時の心境を次のように明かしています。
「長嶋さんは私にとって永遠の憧れの先輩であり、同時に絶対に追いつけない太陽のような存在でした。長嶋さんがいたからこそ、私は自分のバッティングを極めることに集中できたのです」
一方の長嶋氏もまた、後見本となる手記などで「ワンちゃん(王氏)が後ろに控えている安心感があったからこそ、自分は初球から思い切ってヤマを張り、自分のバッティングを貫くことができた」と振り返っています。互いの尊厳と専門領域を侵害しない「健全な心理的バウンダリー(境界線)」が保たれていたからこそ、10年以上に及ぶ過酷な重圧の中でも亀裂が入ることはありませんでした。