トランス脂肪酸とは、不飽和脂肪酸の一種であり、炭素骨格の二重結合部分が「トランス型」と呼ばれる立体配置を持つ脂肪酸の総称です。常温で液体の植物油に水素を添加して人工的に半固体・固体の油脂を製造する工程(硬化油の精製)や、植物油を高温で脱臭する精製工程で主に生成されます。また、牛や羊などの反芻動物の胃内に存在する微生物の働きによっても天然に産生され、牛肉や乳製品の脂質中にも全体の約2〜5%の割合で微量に含まれています。
では、なぜトランス脂肪酸は健康リスクとして世界中から問題視されるのか。その核心は、脂質代謝に及ぼす極めて特異で有害な影響にあります。
通常の飽和脂肪酸も過剰摂取すれば悪玉コレステロール(LDL)を上昇させますが、善玉コレステロール(HDL)まで劇的に下げる作用は稀です。ところが工業的に生み出されたトランス脂肪酸は、「LDLコレステロールを増加させる」と同時に「HDLコレステロールを減少させる」という二重の悪影響を血管系にもたらします。この代謝異常が血管内皮にプラーク(粥腫)を形成させ、血管の内腔を狭く硬化させる動脈硬化の引き金となります。
血流が滞った冠動脈が閉塞すれば、致命的な狭心症や心筋梗塞のリスクが跳ね上がります。世界保健機関(WHO)のメタアナリシスや各国の疫学研究では、総エネルギー摂取量に占めるトランス脂肪酸の比率が2%増加するだけで、冠動脈性心疾患の発生リスクが約23%上昇すると報告されています。これが世界中の保健機関が「可能な限り摂取を減らすべき油脂」として警鐘を鳴らし続ける最大の理由です。