司馬遷の『史記』呂不韋列伝における嫪毐の記述は、原作とはかなり趣が異なります。史実の嫪毐は「陰茎に桐の木の車輪を引っ掛けて歩くことができた」という並外れた巨根の持ち主として記録されており、呂不韋が好色な太后を満足させるために見つけ出した愛人として登場します。
史実における嫪毐の行動も、純愛というよりは権力欲に憑りつかれた野心家としての側面が強調されています。長信侯に封じられた後は宮殿や領地を我が物顔で統治し、酒席で秦の高官と口論になった際には「俺は秦王の仮父(義理の父親)だぞ」と暴言を吐いて反感を買うなど、傲慢な振る舞いが目立っていました。
原泰久先生による『キングダム』の卓越した点は、この歴史上の「悪名高き怪人物」を、気弱でありながらも愛する家族のために自らの命を投げ出す「哀愁に満ちた真の漢」へと見事に再解釈・再構築した点にあります。