伊東園ホテル尾瀬老神山楽荘が営業の幕を下ろしたのは、2021年8月31日のことでした。公式発表では「諸般の事情による営業終了」と簡潔に処理されたため、ファンの間では「運営会社の倒産か」「食中毒などのトラブルがあったのではないか」といった根拠のない憶測が飛び交いました。しかし、宿泊業界関係者への取材や当時の経営環境を整理すると、閉館に至った決定的な要因は大きく3点に集約されます。
第1の要因は、建物の老朽化と莫大なインフラ改修コストです。山楽荘は昭和の高度経済成長期からバブル期にかけて増築を重ねた典型的な大型温泉旅館でした。伊東園ホテルズが経営を引き継いで再生させたものの、本館・別館にまたがるボイラー配管や受変電設備、空調設備の老朽化は深刻化していました。安全基準や耐震性を維持するために必要な数千万円から億単位の改修投資を、1泊1万円前後の低価格バイキングモデルで回収することは極めて困難だったと分析されています。
第2の要因は、2020年から始まった長期的な旅行需要の激変です。老神温泉は尾瀬トレッキング客や首都圏からの直行バス利用のシニア層を主要な顧客基盤としていました。しかし、行動制限によって団体・シニア層の流動がストップしたことで客室稼働率は急落。固定費の重い巨大施設ほどキャッシュフローを圧迫する悪循環に陥りました。
第3の要因は、伊東園ホテルズ本部による事業ポートフォリオの選択と集中です。チェーン全体として、収益性の回復が見込めない老朽拠点を早期に整理し、草津や伊香保といった集客力の高いメジャー温泉地へ投資を集中させる経営判断が下されました。結果として、設備投資の優先順位が下がった山楽荘の営業終了が決定づけられた形です。