江戸時代の旅人が見せた歩行能力は、現代人の身体感覚からすれば超人的とも言えます。江戸・日本橋から京都・三条大橋までの距離はおよそ492km。この「東海道五十三次」を、成人男性は平均13日〜15日、女性や高齢者でも15日〜17日程度で歩き通しました。逆算すると、1日の移動距離は実に約35〜40km(およそ10里)に達します。
この驚異的な移動を支えたのは、徹底的に機能性を追求した旅装束でした。旅人たちは、頭に日差しや風雨を防ぐ菅笠(すげがさ)をかぶり、腕には日焼けや擦り傷を防ぐ手甲(てっこう)、脚には筋肉の疲労を和らげ鬱血を防ぐ脚絆(きゃはん)や脛巾(はばき)を巻き、裾が乱れないよう股引を穿いて道中を急ぎました。現代のコンプレッションウェアやアウトドアギアに通じる知恵が、すでに完成されていたのです。
足元を支えたのは、稲わらで編まれた草鞋(わらじ)です。地面の凹凸に柔軟に追従し、足の指を使って地面を掴むように歩く草鞋は、未舗装の悪路を行くには理にかなった履物でした。ただし耐久性は極めて低く、1日に2〜3足履き潰すのが当たり前でした。そのため街道沿いの茶屋には必ず新しい草鞋が山積みにされており、旅人たちは数十文(数百円程度)で買い替えながら、すり減った草鞋を捨てては前へと進み続けたのです。