吉野氏や赤尾氏の離脱に続き、党内を決定的な分裂へと導いたのが武田邦彦氏をめぐる除名・離党騒動である。環境問題やエネルギー政策に関する持論で絶大な支持を集めていた武田氏の存在は、参政党の独自性を担保する象徴だった。
対立が表面化したのは、神谷宗幣氏への権力集中に対する武田氏の公然たる批判である。武田氏は、党の意思決定がごく一部の人間によって占有され、アドバイザーやボードメンバーの意見が反映されない体制を「民主的ではない」と喝破した。科学者としての客観的視点を重んじる武田氏の言動は、党の団結を最優先とする執行部にとって許容しがたいものとなっていった。
決定的な溝は埋まらず、党本部は武田氏に対して除名処分などの厳しい対応をとるに至る。武田氏側も反論を展開し、両者の主張は完全に平行線をたどった。この局面において、神谷宗幣氏との指導権をめぐる相克は修復不可能な段階に達していたと言える。
一連の騒動は、党の「アイコン」であった知識人を排除する結果となり、党の言論的厚みを著しく損なうことになった。支持者の間でも武田支持派と執行部支持派の二極化が進み、党勢の失速感を強める決定打となった。