ウルフルケイスケの脱退が発表された当時、インターネット上や音楽ファンの間では「トータス松本との不仲が原因ではないか」という憶測が飛び交いました。フロントマンとしてバンドの方向性を牽引しメディア露出も圧倒的に多かったトータス松本と、バンドの生みの親でありながら徐々に音楽制作の主導権を委ねていったウルフルケイスケ。2人のパワーバランスの変化に、不協和音の火種を見る向きがあったのは事実です。
しかし、関係者への取材や当時の発言記録を精査すると、週刊誌的な「憎しみ合い」や「絶縁状態」といった単純な対立構造は当てはまりません。根本にあったのは、メジャーシーンの第一線でヒット作を生み出し続けるポップロックバンドとしての宿命と、より生々しいブルースやロックンロールの現場に身を浸したいという個人的な音楽的衝動とのズレでした。
トータス松本は過去の音楽誌インタビューで、バンド運営の重圧について「自分が引っ張っていかなければウルフルズという船が止まってしまう」という強烈な責任感を吐露していました。一方でウルフルケイスケは、より自由でフットワークの軽い音楽活動、すなわち全国の小さなライブバーを回るような草の根のセッション活動に生きがいを見出していきました。この音楽的ベクトルの相違が、長年の活動の中で徐々に広がっていったのが実情です。