「早く分注しないと固まってしまう」という焦りから、真空採血管にシリンジを接続した際、親指で押し子を押し込んで血液を注入する行為は医療現場で固く禁じられています。この操作が重大なインシデントに直結する理由は、物理的破壊と流体力学的圧力の2つの観点から説明されます。
第1の理由は、物理的な剪断応力(ずり応力)による溶血の発生です。真空採血管の内部は、あらかじめ規定量の血液を吸引するための正確な陰圧に調整されています。そこに術者が押し子で陽圧を加えると、血液が分注針の極小の内腔を異常な流速で通過することになります。この際、赤血球膜が強烈な摩擦力と圧力差に耐えきれず破壊され、細胞内のヘモグロビンや高濃度のカリウム(K)、LDH、ASTが血清・血漿中へ漏出します。結果として「偽性高カリウム血症」などの誤った検査データを生み出し、投薬判断の狂いや緊急再採血を余儀なくされます。
第2の理由は、管内圧上昇に伴うゴム栓外れおよび血液飛沫(エアロゾル)の曝露リスクです。押し子によって真空度を超える血液量を無理やり押し込むと、採血管内部が極端な陽圧状態に転じます。分注針を抜去した瞬間に血液が噴出したり、ゴム栓が吹き飛ぶ危険性があり、B型肝炎(HBV)、C型肝炎(HCV)、HIVなどの血液媒介病原体に医療従事者が曝露する重大事故を引き起こします。
したがって、分注時はシリンジを垂直に立て、押し子に一切手を触れず、採血管内部の陰圧が自動的に血液を引き込み、自然に流入が停止するのを待つのが鉄則です。