1970年代後半、自作の楽曲を手に彗星のごとく現れた男は、日本のフォークソングの概念を根底から覆した。その圧倒的な声量と透明感あふれるハイトーンボイスは、瞬く間に全国のリスナーを魅了。しかし、その輝かしいキャリアは決して平坦な道ばかりではなかった。
デビュー当時から彼を見出し、無名の若者を温かく育んだSTVラジオのディレクター・竹田健二氏の存在なくして、今日の姿は語れない。若くして恩人を失うという深い悲しみを乗り越え、自らの足で立つために設立された個人事務所「オフィス・ゲンキ」。この拠点は単なるマネジメント組織にとどまらず、義理と人情を何よりも重んじる彼の生き様そのものを体現する砦となった。祝宴の場でも、亡き恩人への深い敬意と感謝が静かに語られ、参列者の胸を強く打ったのである。