1992年4月2日、日本映画界に激震が走りました。若山富三郎が、入院先であった京都市内の病院で息を引き取ったのです。若山富三郎の死因として公表されたのは急性心不全でした。享年62。映画やテレビドラマで依然として重厚な存在感を放ち、次なる出演作への意欲を燃やしていた矢先の急逝でした。
当時、若山は持病の腰痛や下肢の治療のために京都の病院へ入院し、精密検査と静養を行っていました。容態が急変したのはその入院中のことで、主治医をはじめとする医療陣の救命処置も及ばず、そのまま帰らぬ人となりました。豪胆な体躯を誇り、常人離れしたアクションを平然とこなしていただけに、突然の死報は世間に大きな衝撃を与えました。
訃報を受けて病院へ駆けつけた弟の勝新太郎は、変わり果てた兄の手を握りしめながら号泣し、言葉を失ったといいます。生涯を通じて競い合い、支え合ってきた唯一無二の戦友を失った勝の悲痛な姿は、多くのワイドショーやスポーツ紙の紙面を埋め尽くしました。無頼を貫き、どこまでも銀幕に命を捧げた昭和の大スタアは、あまりにも潔く舞台裏へと去っていきました。