旧三笠ホテルが日本の近代建築史上において極めて異彩を放っている最大の理由は、設計から施工に至るまで外国人技術者の手を一切借りず、日本人の手だけで建てられた木造純西洋館であるという点です。明治の実業家・山本直良(やまもとなおよし)が私財を投じて創業し、棟梁には熟練の大工技術者たちが抜擢されました。
1906年の営業開始とともに、その優美な佇まいと西洋直伝のホスピタリティは国内外のハイソサエティから絶大な支持を集めました。大隈重信、渋沢栄一、近衛文麿、有島武郎といった明治・大正期を代表する政治家、実業家、文化人たちがこぞって滞在し、連夜のように華やかな晩餐会や社交界が開かれたことから、「軽井沢の鹿鳴館」という異名が定着したのです。
戦後の進駐軍による接収や幾度かの所有者変更を経て、一時は取り壊しの危機にも瀕しましたが、軽井沢の歴史を物語る至宝として町民や有志による保存運動が結実。1980年(昭和55年)5月には国の重要文化財に指定され、次世代へと受け継がれる文化遺産となりました。