『千と千尋の神隠し』を単なる冒険ファンタジーから深遠な寓話へと押し上げているのが、脇を固める登場人物たちの重層的なキャラクター造形です。
黒い影のような体に能面のような仮面をつけ、千尋に執着する「カオナシの正体」について、宮崎駿監督は「カオナシは誰の心の中にもいる。自分というものを持たず、他者と関わる術を知らない現代人そのもの」と言及しています。カオナシ自身は言葉を発することができず、他者を呑み込むことでしかその声や性格を模倣できません。金品をばら撒くことでしか他人の歓心を買えず、肥大化した欲望の果てに暴走する姿は、富や承認欲求に依存してアイデンティティを保とうとする現代人の痛烈な肖像画です。銭婆の質素な庵(いおり)で糸紡ぎという地に足のついた手仕事に出会い、静かに受け入れられたことでようやく平穏を得る結末は、承認欲求からの解脱を見事に示しています。
一方、千尋を導く美しき少年「ハクの本名」は「ニギハヤミコハクヌシ(饒速水琥珀主)」です。この名には二重の神話的・現実的コードが刻み込まれています。前半の「ニギハヤミ」は日本神話に登場する天孫降臨以前の大和の神「饒速水命(にぎはやひのみこと)」に通じ、後半の「コハクヌシ」は千尋が幼少期に落ちた「コハク川」の主(水神)であることを指し示しています。高度経済成長に伴う都市開発によって川を埋め立てられ、帰るべき住処を失った神が、生きるために湯婆婆の弟子となり名前を奪われていたという背景は、人間による自然破壊の悲劇を静かに物語っています。
命を吹き込んだ声優陣のアンサンブルも見逃せません。千尋役の柊瑠美、当時13歳でハクの凛とした透明感を演じきった入野自由をはじめ、湯婆婆・銭婆の二役を圧倒的な怪演で演じ分けた夏木マリ、坊役の神木隆之介(当時8歳)、釜爺役の菅原文太など、本職の声優と名優が見事に融合したキャスティングは、ジブリ作品屈指の完成度を誇ります。