「牡蠣を食べたいけれど、あたるのが怖い」という懸念は、消費者が生牡蠣を口にする際の最大の心理的障壁です。この「あたりやすさ」に関しても、岩牡蠣と真牡蠣では直面する脅威のメカニズムが明確に分かれています。
一般的に恐れられているノロウイルスによる食中毒は、冬場の真牡蠣に圧倒的に集中します。ノロウイルスは人間の腸内でのみ増殖し、生活排水を通じて海洋へと流出します。水温が低く日照時間が短い冬の海域ではウイルスが長期間生存しやすく、内湾で大量の海水を濾過してプランクトンを摂取する真牡蠣の内臓(中腸腺)にウイルスが濃縮・蓄積されてしまうのです。
対照的に、夏の岩牡蠣でノロウイルスによる食中毒が発生する事例は極めて稀です。ノロウイルスは水温の上昇や強い紫外線によって速やかに不活化するため、海水温が20℃を超える夏場の外洋環境ではウイルスの生存自体が困難だからです。「夏に牡蠣を生で食べると危険」というネット上の俗説は、冬の真牡蠣のイメージを短絡的に夏へ当てはめた誤謬に過ぎません。
しかし、岩牡蠣にリスクが皆無というわけではありません。夏場における最大の警戒対象は、ウイルスではなく「腸炎ビブリオ」をはじめとする好塩性細菌です。水温20℃以上で活発に増殖する腸炎ビブリオは、海水中に常在しており、水揚げ後の温度管理が怠慢であれば急激に繁殖します。
厚生労働省の定める生食用カキの成分規格に基づき、現在の先進的な産地では、陸上水槽での紫外線殺菌海水による24〜48時間以上の絶食・浄化処理が徹底されています。また、水揚げから消費地までの輸送過程における10℃以下の厳格なコールドチェーン(低温管理)が確立されたことで、生食の安全性は過去数年で飛躍的な向上を遂げました。