読者が最も息を呑んだ最大のミステリー、それは「15年前に誰が、なぜ父・高月樹を殺害したのか」という真相です。物語中盤までは、冷酷非道な振る舞いを繰り返す女将・今日子や、百合子を嫌悪していた大旦那に疑いの目が向けられていましたが、事件の凶器を握っていた真犯人は、七桜の味方として温かく支援し続けていた多喜川薫でした。
多喜川の犯行の引き金となったのは、百合子に異常な執着を燃やしていた多喜川の父・秀幸と、それに絶望して病に倒れた実母の存在です。多喜川の家庭は、秀幸が百合子に心を奪われたことで崩壊。多喜川の母が病床で苦しんでいる最中も、父は百合子のことばかりを追い求めていました。母を看取った多喜川は、家庭を壊した百合子への憎悪と怒りを抑えきれず、百合子に直接問い質すために光月庵の作業場へと忍び込みます。
しかし、そこで鉢合わせたのは百合子ではなく、当主の高月樹でした。多喜川は百合子をかばおうとする樹と激しい口論になり、揉み合いの果てに作業場にあった和菓子用の小刀で樹の胸を刺してしまったのです。これが高月樹殺害の真の理由でした。
一方、事件直後の現場に真っ先に駆けつけたのが女将・今日子でした。今日子は瀕死の夫の傍らに落ちていた「ある手紙」を目にします。そこには、樹が百合子と七桜を深く愛していること、そして椿が樹の実子ではない疑惑が記されていました。今日子はこのスキャンダルが露見して自分が光月庵を追放されることを極度に恐れ、多喜川が立ち去った後の現場を偽装。幼い椿の恐怖心を巧みに利用し、「百合子が犯人である」と偽りの記憶を植え付け、警察に虚偽の証言をさせたのです。
真犯人であった多喜川は、無実の罪を着せられた百合子が獄死したことを知り、激しい罪悪感に苛まれ続けます。彼が15年後に素性を隠して七桜の前に現れ、献身的にパトロンとして支援し続けたのは、自らの罪に対する歪んだ贖罪と、百合子の面影を持つ七桜への特別な思慕が入り混じった感情からでした。