1980年代後半、全国の峠や埠頭では夜な夜なマシンを横滑りさせる若者たちが急増していました。しかし、当時は暴走行為としての側面が強く、一般社会からは冷ややかな目で見られていたのが実情です。その空気を一変させたのが、自動車雑誌『OPTION』の創刊者である「Dai」こと稲田大二郎氏と、当時すでにレーシングドライバーとして名を馳せていた土屋圭市氏のタッグでした。
1989年12月、VHSビデオマガジン『ビデオオプション』の企画としてスタートした「いかす走り屋天国」は、「走り屋たちの腕自慢をクローズドサーキットで安全に競わせる」という極めて画期的なコンセプトを打ち出しました。サーキットという舞台を用意したことで、ドリフトは単なる非行の枠を脱し、ドライバーのコントロール技術と度胸を競い合う魅せるパフォーマンスへと昇華していったのです。
粗削りながらも個性溢れる改造車、自腹でタイヤをすり減らして挑む挑戦者たちの剥き出しの熱量は、全国のクルマ好きを熱狂させました。レンタルビデオ店やカー用品店でビデオが飛ぶように売れ、若者たちは擦り切れるほどテープを巻き戻して観る。イカ天は瞬く間に、90年代カーカルチャーの頂点に君臨する巨大ムーブメントへと成長を遂げました。