屋と家の分立、さらに「元祖ラーメン長浜家」が2店舗に分かれた背景には、飲食業界でも稀に見る複雑な人間模様と移転騒動がありました。報道各社の記録や関係者の証言によると、事の発端は2000年代後半に起きた「元祖長浜屋」旧本店の耐震問題と道路拡幅計画に伴う休業・移転問題に遡ります。
当時、長期休業を余儀なくされた「屋」の運営方針に対し、現場で長年麺を茹で続けていた熟練スタッフたちが「市場の伝統の火を絶やすわけにはいかない」と決起し、2009年、港1丁目に立ち上げたのが「元祖ラーメン長浜家」でした。この独立劇は屋側との商標権やのれんを巡る法的な係争にまで発展し、地元メディアでも大きく取り上げられることとなります。
さらに翌2010年、家の中で経営方針や店舗展開を巡る意見の相違が生じ、繁華街に近い中洲・川端エリアに「元祖ラーメン長浜家 上川端店(通称:家2)」が開業。その後、港にあった創業店が立ち退きにより大手門へ移転した結果、「元祖長浜屋」の真裏(徒歩数秒の距離)に「元祖ラーメン長浜家(家1)」が移転オープンするという全国的にも極めて珍しい至近距離バトルが完成しました。
現在では法的な係争も決着し、それぞれの店舗が独自の固定ファンを抱えながら共存しています。「お家騒動」と揶揄された過去を乗り越え、結果として長浜ラーメンの多様性と活気を押し広げる契機となったのがこの歴史の真実です。