晴れやかなご成婚から、1981年の長女・彬子女王、1983年の次女・瑶子女王の誕生と、順風満帆に見えた宮家生活でしたが、平成の時代に入ると暗雲が立ち込めます。その発端となったのが、寬仁親王の長期にわたる闘病と夫婦間のすれ違いでした。
親王はアルコール依存症の公表や食道がん、咽頭がんなど計16回以上にも及ぶ過酷な手術を経験されました。信子さまも懸命に夫を支え続けられましたが、過度な心労が重なり、2000年代半ばから信子さまご自身も一過性脳虚血発作や気管支喘息、重度のストレス性心身症に倒れられる事態となります。
2004年以降、静養のため軽井沢の別荘や旧宮邸などへ拠点を移されたことで、長期間にわたる実質的な別居生活が始まりました。親王がお一人で娘たちと本邸で暮らす一方、妃殿下は体調回復のため隔離された療養生活を余儀なくされたのです。この「10年以上に及ぶ別居」の背景には、闘病介護の極限状態が生んだ夫婦間の修復困難な亀裂があったと宮内庁関係者は証言しています。