一茶の最も著名な句の一つである「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」には、一見すると愛らしい雀の姿を描いただけのように思える表現の中に、深い社会批評と独自の倫理観が込められています。
当時、街道を威風堂々と通る幕府の役人や武士の「お馬」は、庶民が決して逆らえない権力の象徴でした。一方で、足元にいる「雀の子」は踏み潰されかねない最も弱い存在です。一茶は「偉いお馬のお通りだから、小さな雀よ、早く逃げて身を守りなさい」と呼びかける形式を取りながら、強者の横暴に対する静かな皮肉と、弱者への限りない慈愛を同居させています。
また、一茶の文学的頂点を示す傑作が、57歳のときに著した俳文集『おらが春』です。本書には、ようやく築いた家庭で生まれた最愛の長女・さとを、わずか1歳余りで天然痘により亡くした際の慟哭が綴られています。
「露の世は露の世ながらさりながら」
この世が露のように儚く消えやすい無常の世界であることは頭では理解している。しかし、それでもなお、我が子の死を受け入れることはできない――という「さりながら」に込められた親としての生々しい葛藤は、200年以上の時を経た今も読む者の胸を強く揺さぶります。