今日でこそ近代的な商業空間の象徴となっている銀の鈴ですが、その誕生の背景には、昭和の高度経済成長期における国鉄職員たちの切実な思いがありました。
銀の鈴が東京駅に誕生したのは、1968年(昭和43年)6月10日のことです。当時、東海道新幹線の開業や地方からの集団就職、旅行客の急増により、東京駅構内は大混雑を極めていました。携帯電話やインターネットのない時代、構内では迷子や待ち合わせのすれ違いが日常茶飯事となっており、駅員への問い合わせが殺到していました。
当時の東京駅助役・鶴田慎司氏が「修学旅行生や一般の乗客が誰でも一目で分かる目印を作ろう」と発案し、神社仏閣の鈴や「無事に帰る(カエル)」の縁起にヒントを得て、初代の鈴が製作されました。公式社史や当時の記録によると、初代の銀の鈴は竹の骨組みに新聞紙や和紙を貼り、銀紙(タバコの包装紙やアルミ箔)を巻き付けた手作りの張り子でした。吊り下げる紐も神社の紅白ロープを模した手作りで、八重洲中央改札前のコンコースに設置された瞬間から絶大な反響を呼びました。
その後、1969年には銅合金製の2代目、1985年の東北・上越新幹線東京駅乗り入れ時にはシルバーメッキの3代目が登場。そして2007年の地下エキナカ「グランスタ」誕生に伴い、東京藝術大学の協力・デザインによる現在の「4代目・銀の鈴」が設置されました。職人技によるモダンな彫刻造形へと進化した現在も、昭和から令和へと続く「人と人が出会う原点」としての精神は脈々と受け継がれています。
【プロの結論】銀の鈴を待ち合わせに選ぶべき人・別の場所を検討すべき人の判断基準
東京駅の待ち合わせ場所として圧倒的な知名度を誇る銀の鈴ですが、シチュエーションによっては別の場所を選んだ方が合理的なケースも存在します。以下の基準を参考に最適な合流ポイントを選択してください。
【銀の鈴広場が最も適しているケース】
・合流する全員が「JR線または新幹線で東京駅に到着する(改札内にいる)」場合
・新幹線降車後、すぐにお土産選びやエキナカでの買い物を予定している場合
・雨天や悪天候のため、地下の完全屋内フロアで快適に合流したい場合
【別の待ち合わせ場所(動輪の広場・丸の内駅前広場等)を推奨するケース】
・合流相手がJRを利用せず、東京メトロやタクシー、徒歩など「改札の外」から来る場合(入場券の購入を避けるため、丸の内地下中央口改札外の「動輪の広場」などが最適)
・休日のピーク時間帯で、極度の混雑を避けて静かな場所で落ち合いたい場合