公式発表においてグループ脱退および退所の主たる動機として挙げられたのは、「海外進出の方向性の違い」でした。しかし、この一言だけでファンや世間が完全に納得したわけではありません。メンバーそれぞれの置かれた状況と内なる声を探ると、個々の切実な事情が浮かび上がってきます。
平野紫耀は、故・ジャニー喜多川氏から直接「世界で活躍できるグループを目指せ」と託された遺志を、誰よりも愚直に追い続けていました。当時の関係者への取材によると、20代半ばを迎え、「今すぐ世界基準のトレーニングや楽曲制作に舵を切らなければ、年齢的に世界挑戦は間に合わない」という強い危機感を抱いていたと証言されています。国内の連続ドラマ出演やタイアップ案件に追われる日常と、目標との乖離が決定的なトリガーとなりました。
リーダーの岸優太もまた、自らの表現者としての技量向上と海外展開に強いこだわりを持っていました。主演映画や舞台など俳優・タレントとしても多忙を極める中、グループとして世界を目指すペース配分に限界を感じていたと吐露しています。一方、神宮寺勇太は「誰か一人が抜けるなら、自分もグループを辞める」という強い絆を初期から口にしており、メンバーが同じ熱量と方向性を共有できなくなった時点で自らの身を引く決意を固めました。
これに先駆けて2021年3月にグループを脱退・退所した岩橋玄樹の場合、幼少期から向き合ってきたパニック障害の治療が直接の契機でした。復帰に向けて懸命な試行錯誤を重ねたものの、ファンの期待に応えられない重圧やグループ活動を滞らせてしまう自責の念から、苦渋の決断として自ら別の道を歩む選択をしました。それぞれの脱退は突発的な反乱ではなく、長年にわたる理想と現実の葛藤の末に下された不可避の決断だったのです。