佐々木の徹底した抗命行動の背景には、万朶隊の隊長であった岩本益臣(いわもと ますおみ)大尉の強い信念があった。岩本大尉は、陸軍屈指の名パイロットであり、急降下爆撃のスペシャリストでもあった。特攻という非人道的な戦法に激しく憤っていた岩本は、出撃直前の佐々木ら部下たちに密かにこう言い聞かせていた。
「体当たりする必要はない。爆弾を命中させて生きて帰投し、何度でも爆撃せよ」
岩本隊長は、機首に触発信管(体当たりで爆発する仕組み)を取り付けるよう命じられた際も、これを頑なに拒絶。爆弾を通常投下できるように機体を改造させた。しかし皮肉にも、岩本自身はマニラへの移動中に敵戦闘機の銃撃を受け、特攻作戦の前に命を落としてしまう。師と仰ぐ隊長を失った佐々木は、残されたコックピットの中で岩本の遺志を一人背負い続けた。上官たちが押し付ける「死の美学」ではなく、真の指揮官が遺した「合理的な戦術」こそを、佐々木は最後まで信じ抜いたのだ。