萩原健一さんが自らの深刻な病状を公表せず、ごく一部の身内と医療従事者以外に死因となった病気を隠していた理由には、彼ならではの徹底した生き様が宿っていました。当時の所属事務所スタッフや親交の深かった映画プロデューサーの証言を統合すると、そこには3つの明確な理由が存在します。
第1に、「病人を理由に手加減されたくない」という俳優としての矜持です。萩原健一さんはかつて自著やインタビューにおいて、「カメラの前に立つ以上、観客に同情されたら役者はおしまいだ」という趣旨の発言を幾度となく繰り返していました。もし難病を患っていることが知られれば、キャスティングや演出に周囲の気遣いが生じ、表現の刃が鈍ってしまうことを誰よりも恐れていたのです。
第2に、関係各所への配慮と仕事への執念です。2018年にはNHK正月時代劇『風雲児たち〜蘭学革命篇〜』で怪演を見せ、自作の楽曲制作やライブ活動にも意欲を燃やしていました。病名が漏れることでプロジェクトが頓挫したり、保険や契約上の制約で表現の場を奪われることを断固として拒絶していました。
第3に、ファンに対する「永遠のショーケン像」の防衛です。グループサウンズ「ザ・テンプターズ」のボーカルとして熱狂を生み、『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事役や『傷だらけの天使』の木暮修役で日本中の若者を熱狂させた彼にとって、衰えゆく姿を見せることは自らが築き上げた美学に反する行為でした。痛みに顔を歪める瞬間があっても、人前に出る際は背筋を伸ばし、粋なスーツを着こなし、最後まで「危険で色気のある男」であり続けました。