これまでテレビカメラの立ち入りを固く拒み続けてきたオーナーシェフが、今回初めて仕込みの裏側を見せてくれた。厨房の中央で静かに火にかけられているのは、名物のデミグラスソース。牛骨、香味野菜、数種類の赤ワインを継ぎ足しながら、実に72時間もの歳月をかけて煮詰め、濾す作業を幾重にも繰り返す。雑味を一切許さず、表面に浮くわずかなアクをミリ単位の手作業ですくい取り続ける姿は、料理人というよりも求道者のそれに近い。
そして今回、長年通い詰めるごく一部の常連客だけにひっそりと提供されてきた「裏看板メニュー」の存在が明らかになった。それが、極限まで煮詰めた漆黒のデミグラスソースに、自家製発酵バターで仕上げた半熟卵と赤身肉のローストを重ね合わせた「漆黒の特製ビーフシチューオムライス」だ。シェフは「大量には作れない。肉の火入れとソースの煮詰まり具合が完璧に合致した日にしか出せないから、メニュー表には載せていないんだ」と静かに語る。スプーンを落とせば、ナイフなど不要なほどほろりとほどける肉塊。噛み締めるたび、熟成された旨味が舌の上で何層にも広がっていく。この圧倒的な体験こそが、食通たちを虜にする最大の秘密だった。