コスモアイル羽咋を語る上で避けて通れない最大の謎が、「なぜこの場所に本物の宇宙船があるのか」という点です。館内に足を踏み入れると、模型ではなく、実際に宇宙空間へ到達した機体や、万が一の事故に備えて同規格で作られた正規のバックアップ機(実機)が惜しげもなく並んでいます。
この前代未聞のプロジェクトを主導したのは、当時羽咋市役所の職員だった高野誠鮮(たかの じょうせん)氏です。高野氏はテレビ番組の企画制作に携わった経歴を持つ異色の公務員で、羽咋市の過疎脱却をかけた町おこしとして「宇宙」をテーマに据えました。
背景にあったのは、羽咋市に古くから伝わる羽咋市 UFO伝説の理由とされる伝承です。能登半島の中央に位置するこの地では、江戸時代末期の古文書に「そうはちぼん(仏具のシンバルに似た円盤)」と呼ばれる謎の発光体が夜空を飛行していた記録が残されていました。折口信夫の民俗学でも触れられているこの伝承に着目した高野氏は、羽咋を「UFOの街」としてブランディングし、その知的好奇心の受け皿として本格的な宇宙科学博物館の建設を着想したのです。
旧ソ連崩壊前後の混乱期、高野氏は単身モスクワやワシントンD.C.へ乗り込みました。旧ソ連の宇宙関係者やNASAの高官と幾重にも及ぶ直接交渉を重ね、国家機密指定が解除されたばかりの宇宙機を正規ルートで取得することに成功します。特に、ユーリ・ガガーリンが搭乗したことで知られるボストーク帰還カプセルは、実際に宇宙から地球へ帰還した現物であり、表面には大気圏再突入時の超高温(数千度)で焦げ付いたリアルな焼損痕が刻まれています。ガラス越しではなく、手を伸ばせば触れられるほどの距離で歴史の痕跡を目撃できる環境は、スミソニアン博物館やモスクワの宇宙飛行士記念博物館にも匹敵する資料的価値を誇っています。