日本の芸能界には、親の七光りを背負って華々しくデビューする二世タレントが後を絶たない。しかし、その光が強ければ強いほど、影の暗さも深くなる。芸能ジャーナリズムは二世の成功よりも転落や私生活の乱れを格好の標的として消費してきた。
妹・杏里がその過酷な構造に呑み込まれていったのに対し、長大氏は自らスポットライトの外に身を置くことで、メディアの消費対象となることを完全に拒絶した。名声の魔力に惑わされず、無名の一般人として生きる道を選び取った彼の決断は、ある意味で芸能界の病理をもっとも深く理解していたからこその賢明な防衛策だったと言える。