大阪府和泉市の歴史を紐解くと、軍需施設や旧陸軍演習場の存在がこの街の発展と不可分であったことが解る。戦前・戦後の動乱期において、兵士や労働者の慰安を目的として自然発生的に形成された盛り場が、現在の街並みの原形となった。
1958年の売春防止法完全施行を経て、かつての遊郭・赤線跡文化は大きな転換点を迎えた。多くの地域が消滅や変容を余儀なくされる中で、この地は信太山新開地協同組合の組織化によって「料亭街」としての再出発を図った。木然とした二階建ての建築、細かい木の格子窓、タイル貼りの壁面など、建築様式の端々に昭和の情緒が今も色濃く刻まれている。