ネット上の掲示板やSNSでは、時折「なぜ米国の博物館のように、ピカピカに再塗装して新品同様に復元しなかったのか」「欠落した主翼やキャノピーを補修すべきではないか」といった疑問が散見されます。しかし、ここには意図された深い理由が存在します。
引き揚げ直後、機体を製作した川西航空機の後身である「新明和工業」の熟練技術者たちが現地に派遣され、徹底的な洗浄と特殊な防錆処理を行いました。その際、技術陣と保存関係者の下した決断は、「極力、引き揚げられた当時の状態のまま保存する」という方針でした。
もし機体をパテで埋め、新品の塗料で再塗装してしまえば、34年間冷たい海底で眠っていた歳月の重みや、敵機と交戦した銃撃の痕跡、海面に叩きつけられた痛烈な衝撃のリアリティがすべて消し去られてしまいます。欠落した風防や剥がれ落ちた塗装こそが、戦争の残酷さを雄弁に語る「生きた証言」であると判断されたのです。この不完全な姿での保存こそが、軍備賛美に陥ることのない、静かな反戦のメッセージとして世界中から高い評価を受けています。