多くのファンや関係者が長年抱き続けてきた疑問が、「なぜ順風満帆に見えたあのタイミングでグループを去らなければならなかったのか」という点です。公式発表の文面に込められた真意と、取材によって浮き彫りになった決定打をメンバー別に掘り下げます。
内博貴の離脱:突然の処分と「未完の8人組」
2005年7月、当時18歳だった内博貴は、フジテレビ関係者との会食後に泥酔し、補導されたことが大きく報道されました。未成年飲酒に対する社会的な風当たりは極めて強く、事務所側は即座に無期限の謹慎処分を下しました。
内は関ジャニ∞のみならず、NEWSの選抜メンバーとしても並行してセンターを張るトップエリートでした。グループ内では圧倒的なビジュアル担当として期待を集めていただけに、この突然の離脱はメンバーにとっても痛烈な打撃となりました。翌2006年末には事務所の研修生へと降格となり、事実上のグループ復帰の道は閉ざされます。自らの意志による「脱退」ではなく、過密日程と未熟さが招いた不祥事による強制離脱という悲劇的な結末でした。
渋谷すばるの覚悟:音楽への求道と異例の「全員同席会見」
関ジャニ∞の音楽的背骨であり、メインボーカルとして圧倒的な存在感を放っていた渋谷すばる。2018年4月15日、帝国ホテルで開かれた緊急記者会見は、日本の芸能史上に残る異例の光景となりました。背骨の圧迫骨折で入院中だった安田章大を除く、横山裕、村上信五、丸山隆平、錦戸亮、大倉忠義の5人がスーツ姿で登壇し、渋谷の脱退発表を見守ったのです。
会見で渋谷は「音楽を追求するために海外を拠点に学びたい」「この年齢(当時36歳)だからこそ、自分の足で立ち、自分の責任ですべてを表現したい」と語りました。アイドルという枠組みの中でバラエティや俳優業をこなす日々の中で、彼の内部では「シンガー・ソングライターとしての純度を極めたい」という表現欲求が限界点に達していました。メンバーは何度も引き止め、夜を徹して話し合いを重ねましたが、渋谷の固い決意を覆すことはできませんでした。会見の真相は、誰かの排除ではなく、クリエイターとしての魂を尊重した「苦渋の送り出し」だったのです。
錦戸亮の決断:15周年ツアー完走と独自の表現世界への旅立ち
渋谷すばるが去った直後、グループのメインボーカルの重責を一手に引き受けたのが錦戸亮でした。しかし、そのわずか1年後となる2019年9月、錦戸もまたグループからの脱退と事務所退所を発表します。
公式発表の裏には、渋谷という絶対的な相棒を失ったことによるグループのバランス崩壊と、「4人体制、5人体制で関ジャニ∞を続けるべきか」という激しい議論がありました。錦戸自身、俳優として数々の主演を務め、音楽的にも独自の美学を持っていた人物です。グループが15周年の節目を迎え、ファンへの責任を果たすドームツアー「十五祭」を完走した瞬間、彼は次のステージへ踏み出す道を選びました。渋谷のような合同会見を開かず、退所翌日に自身の公式サイトを立ち上げるスピーディーな展開は、自身の表現活動を自らの裁量で完結させたいという強烈なプロデューサー志向の表れでした。