日本の歴史を振り返ると、国家の舵取りを担った大物たちの中に並外れた艶福家が存在します。
筆頭に挙げられるのが、江戸幕府の第11代将軍・徳川家斉(いえなり)です。家斉が生涯に迎えた側室は40人以上、生まれた子女の数は確認されているだけでも55人(男子28人・女子27人)に達します。歴代将軍の中でも突出した記録であり、大奥を華やかに彩ったその精力的な生活ぶりはまさに歴史上屈指の艶福家といえます。
また、「近代日本経済の父」と称され新一万円札の顔としても親しまれる渋沢栄一も、実は規格外の女性遍歴を持つ人物として知られています。本妻と妾を同じ屋敷に同居させ、双方を納得させたうえで家庭を円満に運営していたという驚きのエピソードが残っています。さらに渋沢は70代を超えてからも子どもをもうけるなど、その旺盛な生命力は生涯衰えることがありませんでした。伊藤博文からその女性関係をたしなめられた際、「他のことはすべてあなたの指導に従うが、こればかりは譲れない」と笑顔で返したという逸話も残っています。