紀伊半島の神経難病研究において、絶対に外すことができない人物が和歌山県立医科大学名誉教授の故・八瀬善郎(やせ よしろう)医師です。八瀬氏は1960年代初頭から半世紀以上にわたり、舗装もされていない山道をジープで走り、時には徒歩で山を越えて孤立集落の患者宅を一軒一軒往診し続けました。
当時の現地は、交通の便が極めて悪く、医療機関へのアクセスも遮断された環境にありました。地元自治体の記録や当時の取材映像には、家族が次々と手足の自由を失い、床に伏していく中で「先祖の因縁ではないか」「外に出ると嫁の貰い手がなくなる」と、病を隠しながら息を潜めて暮らしていた住民たちの苦悩が克明に残されています。八瀬教授らは単に診察を行うだけでなく、患者家族の偏見を取り除き、集落全体の生活改善指導を行いながら、粘り強く病態の追跡と毛髪・飲料水・土壌サンプルの採取を続けました。
八瀬教授が提唱したのが、現在も有力な学説として語り継がれる「環境要因 カルシウム不足説」です。紀伊半島の古座川上流などの山間部は、紀伊山地特有の火成岩地帯に起因し、河川水や地下水に含まれるカルシウムとマグネシウムが極端に少なく、対照的にアルミニウムやマンガンなどの微量金属が相対的に高濃度でした。住民が長期にわたり慢性的なカルシウム・マグネシウム欠乏状態に置かれると、二次性副甲状腺機能亢進症が引き起こされ、骨から遊離したカルシウムとともに微量金属が中枢神経系へ異常沈着し、神経細胞死を誘導するというメカニズムです。