つきじ治作を語る上で欠かせないのが、創業者・本多治作の哲学です。三菱財閥の重鎮・岩崎弥太郎の別邸跡地を譲り受け、昭和初期に創業した同店は、「一客一亭」の精神を重んじる高級料亭として歴史を刻んできました。巨大な池を中心とした池泉回遊式庭園を囲むように配置された数寄屋造りの個室は、都会の喧騒を完全に遮断し、訪れる者を非日常の静寂へと誘います。
その名声を決定づけた看板料理が、創業以来の製法を頑なに守り抜く「名物水炊き」です。多くの水炊き専門店が白濁した白湯スープを用いるのに対し、治作の水炊きは厳選された阿波尾鶏のガラと水、そして職人の研ぎ澄まされた火加減だけで半日以上かけて煮出されます。余分な脂を極限まで取り除きながら抽出される黄金色の澄んだスープは、驚くほど濃厚でありながら雑味が一切ありません。
厨房内でもこの調理を許されているのは、代々技術を継承した「水炊き番」と呼ばれる専任の職人のみ。門外不出のポン酢とあさつき、もみじおろしとともに味わう鶏肉とスープの調和は、美食家たちから「一度味わうと他の水炊きには戻れない」と称賛され続けています。