一方で、この大型チャリティー特別番組の土台を築いた「欽ちゃん」こと萩本欽一の存在も忘れてはならない。1978年の番組スタート時、総合司会を務めた萩本欽一は巨額のギャラを提示された際、それを自身の懐に入れることを拒み、全額をそのまま寄付に回したというエピソードが語り継がれている。
番組のパイオニアが示したこの行動こそが、「チャリティー番組における出演料」の議論の原点だ。彼が示した志は、現在のテレビ放送業界において「タレントがチャリティーに関わる意味」を再定義する大きな指針となっており、2026年の現在においてもなお、若手タレントや制作者たちの意識に多大な影響を与え続けている。