金田孝子氏の来歴を紐解くと、昭和のプロ野球黎明期における過酷な「内助の功」の姿が浮き彫りになります。1950年代、国鉄スワローズのエースとして孤軍奮闘していた金田正一氏と結婚。当時、プロ野球選手の食生活やコンディショニングに対する科学的アプローチが未発達だった時代において、孝子氏が担った役割は極めて重いものでした。
正一氏は現役時代から「身体が資本」「左腕は商売道具」という強烈なプロ意識を持ち、食事に対しても並外れたこだわりを持っていました。孝子氏は毎日の献立において、牛肉の赤身や新鮮な野菜を中心とした徹底的な高タンパク・低脂質の食事を用意し、正一氏の強靭なスタミナを台所から作り上げたと伝えられています。
1958年には長男・賢一氏が誕生。正一氏が年間30勝前後をコンスタントに記録し、日本球界の頂点へと駆け上がっていく最も華々しい黄金期を、孝子氏はまさに家庭の中心となって支え抜きました。華麗なスポットライトを浴びる夫とは対照的に、自身は決して表に出ることなく、家庭環境の維持に全エネルギーを注ぎ込んでいたのです。