【四面楚歌】項王の最期とは?無敵の覇王・項羽が自害へ追い込まれた真相を解説

【四面楚歌】項王の最期とは?無敵の覇王・項羽が自害へ追い込まれた真相を解説

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宴を終えた項羽は、わずか800余騎の精鋭を率いて夜陰に紛れて包囲を突破します。漢軍の大追撃を受け、淮水を渡る頃には兵は100余騎に激減。さらに陰陵の地で農夫に道を欺かれて沼沢地に迷い込み、東城に着いたときには、従う騎兵はわずか28騎にまで減り果てていました。

しかし、項羽の戦士としての凄みはここからさらに発揮されます。数千の漢軍騎兵に囲まれながらも、部下たちに「我に天命がないだけで、戦い方が拙いのではないことを見せてやる」と言い放ち、単身で敵陣へ突撃。漢の武将を一撃で斬り伏せ、敵兵数百人を蹴散らすという、まさに人間離れした超人的な武勇を見せつけます。

やがて長江のほとり「烏江(うこう)」にたどり着いた項羽。そこへ烏江の亭長(宿場役人)が船を用意して待ち受けており、「江東の地は狭いとはいえ、数万の民がおります。川を渡って王となり、再起を図ってください」と懇願しました。しかし、項羽は笑ってこう拒絶します。

【書き下し文】
「天の我を亡ぼすに、我何ぞ渡ることを為さん。且つ籍(項羽の本名)、江東の子弟八千人と江を渡りて西す。今一人として還るもの無し。縦令(たとひ)江東の父兄憐れみて我を王とすとも、我何の面目ありてか之に見えん。」

【現代語訳】
「天が私を滅ぼそうとしているのに、どうして川を渡る必要があろうか。それに、かつて私は江東の若者8,000人と共に長江を渡って西へ出陣した。今、生きて帰る者は一人もいない。たとえ江東の親兄弟が私を憐れんで再び王にしてくれたとしても、私にどんな顔があって彼らに合わせることができようか。」

自らの誇りと責任感から脱出を拒んだ項羽は、馬を亭長に譲り渡し、短兵を手にして敵陣へ徒歩で突入。一人で数百人を討ち取った後、自らも十数箇所の傷を負います。包囲の中に、かつての旧友であった漢の騎兵軍官・呂馬童の姿を見つけると、「漢は我が首に万戸の領地と千金の賞金をかけていると聞く。古くからの友である貴様に手柄をくれてやろう」と言い残し、自ら首をはねて果てました。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。