綾辻行人が描く『人形館の殺人』の舞台は、京都の閑静な住宅街に佇む洋館「飛流荘」――通称・人形館です。亡き父・高志からこの館を相続した主人公・飛木和彦は、奇妙な脅迫状や自宅周辺で相次ぐ不気味な嫌がらせに悩まされていました。館内には、顔のない緑のマネキンや無数の精巧な人形たちが配置され、和彦の精神を静かに蝕んでいきます。
物語は、和彦の身の回りで起こる不審死や通り魔事件、そして旧友であり名探偵として知られる島田潔への手紙を通じた相談という形で進行します。しかし、終盤で読者が突きつけられるのは、従来の本格推理小説の前提を根底から覆す戦慄の事実でした。
本作における犯人の正体は、他ならぬ語り手である主人公・飛木和彦自身です。一連の通り魔事件や殺人、脅迫状の自作自演に至るまで、すべての凶行は和彦の手によって引き起こされていました。さらに衝撃的なのは、物語を通じて登場し、和彦と対話を重ねていた「島田潔」という存在自体が、和彦の重層的な幻覚・多重人格的な心理投影に過ぎなかったという点です。
作中には極めて巧妙な伏線が張り巡らされていました。和彦が「左利き」であることへの些細な言及、周囲の人物との不自然に噛み合わない会話のキャッチボール、そして島田潔が客観的な第三者と一度も直接会話を交わしていないという構図です。すべてが明かされた瞬間、読者は自分が信じ込まされていた「語り手の視界」そのものが狂気に満ちた密室であったことを悟る仕組みになっています。