地元・岩手から世界を目指すべく、菊池雄星投手に憧れて進学した花巻東高校時代。大谷選手の名は一気に全国区へと轟きます。佐々木洋監督の指導のもとで取り組んだのが、今やビジネス界でも広く知られる「目標達成シート(マンダラチャート)」の作成でした。
9×9のマス目の中央に「ドラフト1位・8球団指名」という大目標を掲げ、周囲のマスには「球速160km/h」「変化球」「キレ」といった技術面だけでなく、「運」「人間性」「礼儀」「ゴミ拾い」といったメンタルや行動指針を徹底的に言語化していました。「人が捨てた運を拾う」という考えでグラウンド内外のゴミを拾う習慣は、この高校時代に確立されたものです。
高校3年生の夏、岩手県大会準決勝の一関学院戦で、大谷選手は高校生史上初となる最速160キロをマーク。球場全体がどよめきに包まれた瞬間は、日本野球史の新たな扉が開いた瞬間でもありました。高校通算本塁打は56本を数え、投打の両面で異次元の才能を証明していました。