この物語は単なるイソップ風の動物寓話ではありません。紀元前の中国・戦国時代の歴史書『戦国策(楚策)』に収められた、高度な政治的弁論の記録です。
舞台は南方の強国・楚。君主である楚の宣王は、ある日家臣たちに次のような疑問を投げかけました。
「北方の諸国は、我が国の宰相である昭奚恤(しょうけいじゅつ)をひどく恐れていると聞くが、本当だろうか?」
群臣が沈黙する中、機転の利く策士・江乙(こういつ)が進み出て語ったのが、この「虎と狐」の寓話でした。
江乙が伝えたかった真意の構図は極めて明快です。
- 虎 = 楚の宣王(絶対的な軍事力と国土を持つ最高権力者)
- 狐 = 昭奚恤(王の権力を背景に政務を執る宰相)
- 逃げ出す百獣 = 北方の諸国(楚の軍事力を恐れている諸侯)
江乙は、「北方の諸国が恐れているのは昭奚恤個人ではなく、彼の背後にある宣王の強大な軍事力(楚の兵力)に他なりません。王は昭奚恤に権力を預けっぱなしにして、虎のように騙されてはなりません」と遠回しに君主へ諫言(かんげん)したのです。この見事な例え話により、江乙は宣王の機嫌を損ねることなく、権力構造の歪みを鋭く指摘することに成功しました。