心臓は左胸にあるという俗説を、最新の解剖生理学は明確に否定する。実際には、左右の肺に挟まれた胸腔の中央空間である「縦隔(じゅうかく)」の真ん中に位置している。具体的には胸骨と呼ばれる頑丈な骨の真裏、ほぼ胸のど真ん中だ。
では、なぜ世界中の人々が左胸にあると思い込んでいるのか。理由は心臓の特異な傾きにある。心臓は握り拳ほどの大きさをした筋肉の塊だが、中心軸に対して約45度左に傾き、前方にねじれた円錐形をしている。血液を全身へ力強く送り出す強力な左心室の先端部分、いわゆる「心尖部(しんせんぶ)」が左胸の第5肋骨あたりを内側から小突くように拍動するため、鼓動が左胸から響いているように錯覚するのだ。
重さは成人でわずか250〜300グラム程度。このコンパクトな臓器が胸の中央で守られながら、1日に約10万回もの拍動を休むことなく繰り返している。中心にいながら左で存在を主張する、絶妙なバランスの上に成り立っているのだ。