この球種の歴史を語る上で外せないのが、1940年代にMLB(メジャーリーグベースボール)のピッツバーグ・パイレーツで活躍したリップ・セーウェルだ。狩猟事故で足に大怪我を負い、従来の投球フォームを失った彼が生み出したのが、高さ20フィート(約6メートル)まで跳ね上がる超スローボールだった。ヘブライ語で「何物でもない(Eephus)」を語源とするこの球は、テッド・ウィリアムズのような伝説的強打者すら苛立たせ、球史にその名を刻んだ。
日本においてその魂を受け継いだ象徴が、元北海道日本ハムファイターズの多田野数人だろう。NPB(日本野球機構)の舞台で見せた、空高く舞い上がってストライクゾーンを通過する魔球は、ファンを歓喜させ、対戦打者をフリーズさせた。決してウケ狙いではない。カウントを奪い、打者の脳内クロックを狂わせるための冷徹な戦術だった。