原宿のストリートを語るうえで、90年代の「裏原宿(ウラハラ)ムーブメント」を避けて通ることはできない。藤原ヒロシが仕掛け、NIGOらが牽引したこの潮流は、単なるドメスティックブランドの枠組みを超え、世界のストリートファッション業界の地図を塗り替えた。限定アイテムを求めて何百人もの若者が夜通し列を作る狂騒が、原宿の路地裏で日常茶飯事となった時代だ。
このメインストリームの熱狂と並行して、竹下通り側ではアフリカ系バイヤーたちによるもう一つのカルチャー供給網が稼働していた。裏原ブランドがプレミアム化して手の届かない存在になるにつれ、より直接的で無骨なアメリカ東海岸のB系ファッションを求める層が竹下通りのインポートショップへと流れ込んだのだ。
洗練されたデザイナーズストリートと、アンダーグラウンドな並行輸入ショップ。二つの潮流は相反するようでいて、原宿という磁場が持つ「流行の発信地」としての吸引力を底上げする両輪として機能していた。彼らはカルチャーの消費者であると同時に、海外のリアルなストリート感を極東の路地に持ち込む媒介者でもあった。