戦後復興のエネルギーが渦巻く渋谷の地に、産声を上げたのが始まりだった。当時の日本において、鯨肉は安価で栄養価の高い国民的な食材であり、人々の命をつなぐ命の糧でもあった。安らぎの場を提供し続けた店舗は、高度経済成長期の熱気も、バブルの喧騒も、すべてその店内で見守ってきた。
カウンターの木目には、何万人もの客が傾けた盃の跡が刻まれている。時代が移り変わり、渋谷が若者の流行の発信地へと変貌を遂げても、提供される料理の根底にある「素材へのこだわり」は一切ぶれていない。一時期は原料の調達すら危ぶまれる厳しい環境に直面したものの、暖簾を守り抜いた店主たちの執念が、この唯一無二の空間を現在へとつないだ。