中島みゆきが生まれ育った環境を語る上で欠かせないのが、北海道帯広市にあった実家の存在です。父・中島眞一郎氏は、北海道大学医学部を卒業後、帯広市内で「中島産婦人科医院」を開業した医師でした。当時、帯広および十勝地方において、中島産婦人科医院は多くの新しい命を取り上げ、地域住民から絶大な信頼を寄せられる名門クリニックでした。
さらに、中島みゆきの祖父にあたる中島武市氏は、帯広市議会議長を務めた政財界の重鎮であり、地域社会の発展に多大な貢献を果たした名士です。このように、中島家は北海道の開拓と近代化を支えた名家であり、同時に高い倫理観と教養を重んじる家庭環境でした。
しかし、中島みゆきがデビューした直後の1976年、父・眞一郎氏が脳溢血により急逝するという大きな悲劇に見舞われます。この突然の別れは、当時20代半ばで歌手としての第一歩を踏み出したばかりのみゆきに計り知れない衝撃を与えました。院長であった父親の逝去に伴い、中島産婦人科医院は閉院を余儀なくされましたが、父の生前の姿と命への真摯な眼差しは、遺された姉弟の生き方に決定的な影響を与えることになりました。