母の非業の死を受けて沈黙を守っていた娘・宇多田ヒカルは、逝去から4日後の2013年8月26日、公式コメントを発表しました。そこで明かされた告白は、世間が抱いていた「冷酷な親子関係」という誤解を根底から覆す、あまりにも痛切な真実でした。
宇多田ヒカルはその手記の中で、「母の心は、長い間病に侵されていました」と赤裸々に綴っています。その病状について、次のように描写しています。
「その性質上、本人はもちろんのこと、誰の言うことも聞かず、周囲の人間をコントロールしようとしては、自ら人間関係を破壊していきました。家族の絆すら引き裂かれていきました」
幼少期から母の極端な感情の起伏や猜疑心に晒され続けてきた宇多田ヒカルは、母を深く愛しながらも、病気によって変貌していく母の言動に恐怖し、精神的に追い詰められていたことを明かしました。さらに元夫である音楽プロデューサー・宇多田照實も公式声明を発表し、藤圭子が長年にわたりパニック障害や被害妄想に苛まれ、医師の診察や治療を頑なに拒絶し続けていた実態を公表しました。
「精神の病」という言葉の裏には、躁鬱病(双極性障害)や境界性パーソナリティ障害、あるいは重度のパラノイア(偏執病)が疑われる症状が複合的に絡み合っていたと専門家の間でも指摘されています。自らが病気であるという自覚(病識)を持てないまま、誰の手も借りられず、孤独の中で苦しみ続けた母の姿を、宇多田ヒカルは「とても悲しい人でした」と涙ながらに総括しています。