だるまのモデルは、5〜6世紀頃に中国へ渡り禅宗を開いたインド出身の高僧・達磨大師(だるまだいし)です。達磨大師が洞窟で9年間壁に向かって座禅を組み続け、手足が腐り落ちてしまったという過酷な修行の伝説が、手足のない現在の丸いフォルムの起源となっています。
江戸時代に入ると、疱瘡(天然痘)などの疫病が流行した際、赤色が「病魔を退散させる色」と信じられていたことから、赤い張子のだるまが疫病除けのお守りとして大流行しました。これが赤だるまのルーツです。
群馬県高崎市で生産される「高崎だるま」は、現在でも日本の生産量の約80%を占める代表格です。眉毛に「鶴」、髭に「亀」という日本の吉祥を大胆に表現した意匠が特徴で、選挙の必勝祈願や寺社の縁日で定着しました。
昭和後期から平成、そして令和にかけて、人々の願い事が細分化したことに伴い、陰陽五行説の「木・火・土・金・水」に対応する色彩理論や風水思想が取り入れられ、多色展開のだるまが職人たちの手で生み出されるようになりました。