認知症治療において、専門医が最も強く警鐘を鳴らしているのが、多剤併用によるポリファーマシー(多剤服用問題)です。厚生労働省の検討会資料によると、高齢者が6種類以上の内服薬を常用している場合、薬物有害事象(副作用)の発生頻度が有意に上昇することが実証されています。
認知症を患う高齢者の多くは、高血圧、糖尿病、不眠症、頻尿、便秘など複数の基礎疾患を抱えています。ここで見落とされがちなのが、抗コリン作用を持つ薬剤との相互作用です。胃腸薬や抗ヒスタミン薬、一部の睡眠薬や頻尿治療薬に含まれる成分は、脳内のアセチルコリンの働きを弱めます。その結果、アセチルコリンを増やすためのアリセプトを服用しながら、別の薬でその効果を打ち消し、さらに中枢神経の混乱を招いてせん妄や見当識障害を悪化させるという悪循環が日常的に発生しているのです。
では、認知症の薬は一体「いつまで飲むべきなのか」。この問いに対する医療界の共通認識は、「病期(ステージ)の変化に応じて見直す」というものです。
抗認知症薬の臨床的有用性は、主に軽度から中等度の時期に認められています。認知症が進行し、意思疎通が困難になったり全面的な介助が必要となったりする高度期においては、薬によって認知機能を底上げする意義は薄れていきます。むしろ、心血管系への負担(徐脈や失神リスク)や誤嚥(ごえん)のリスク、日中の覚醒レベルの低下といったマイナス面が色濃くなります。欧米の主要な臨床ガイドラインでも、進行期における抗認知症薬の中止は標準的な医療判断として推奨されています。「一度始めた薬は生涯飲み続けなければならない」という思い込みこそが、高齢者の体を蝕む最大の盲点と言えます。