ネット上の掲示板やSNSでは、スポーツ心臓に関して科学的根拠を欠いた極端な情報がまことしやかに語られることがある。その代表格が「スポーツ心臓になると寿命が縮む」「心臓を酷使するから早死にする」という都市伝説だ。
この短命説の根底には、「人間が生涯で打てる心拍の総数は決まっている」という過去の俗説がある。だが、スポーツ循環器学の疫学調査ではまったく逆のデータが示されている。元オリンピック選手やトップ持久系アスリートを対象とした大規模追跡調査において、彼らの平均寿命は一般集団よりも数年〜7年程度長いことが明確に証明されているのだ。安静時の心拍数が低いということは、1日24時間を通じて心臓が無駄な拍動を省き、省エネルギーで稼働していることを意味する。正常なスポーツ心臓それ自体が寿命を削ることはない。
なぜ「マラソン大会での突然死」は後を絶たないのか
では、なぜ市民マラソンなどで突然死のニュースが報じられるのか。ここに一般層が見落としがちな決定的な盲点がある。
過激な運動によって健康なスポーツ心臓が突然破裂したり停止したりするのではない。心臓突然死を遂げるランナーのほぼ100%に、「本人も気づいていなかった潜在的な心疾患」が事前に存在していたという事実だ。35歳未満の若年層であれば前述の肥大型心筋症や不整脈源性右室心筋症(ARVC)、冠動脈奇形などの先天異常が主因であり、35歳以上であれば動脈硬化を背景とした無症候性の冠動脈疾患(心筋梗塞など)が引き金を引く。
つまり、強靭な肉体と走力に自信があるあまり、健康診断の「心電図異常」をスポーツ心臓のせいに決めつけて放置し、背後に潜む致死的な爆弾を見過ごすことこそが真の突然死リスクなのだ。