秋山真之の人間形成を語る上で欠かせない存在が、同郷の俳人・正岡子規と、実兄である「日本騎兵の父」秋山好古(あきやま よしふる)です。
幼なじみであった正岡子規とは、共に上京して共立学校(現在の開成高校)や第一高等中学校(現・東京大学教養学部)で学びました。当初は文学を志していた真之でしたが、家計の困窮と自らの使命感から海軍兵学校へと進路を変更。俳句の革新運動に命を燃やした子規と、海軍の頭脳として国防を背負った真之は、互いに異なる道を歩みながらも終生深い敬意と友情で結ばれていました。
一方、陸軍で騎兵隊を率いた兄・好古との兄弟関係も極めて濃密でした。好古は陸軍でロシアのコサック騎兵を打ち破り、真之は海軍でバルチック艦隊を撃沈するという、兄弟揃って近代日本の存亡を賭けた戦いの頂点に立ちました。「余計な財産を持たず、自らの職責を全うする」という清廉潔白な気風は、秋山兄弟に共通する揺るぎない美徳でした。