卓越したビジュアルだけでなく、舛添氏をスターダムに押し上げた最大の要因はその圧倒的な学歴と経歴です。福岡県立八幡高等学校を卒業後、東京大学法学部政治学科に進学。大学時代から秀才として名を馳せ、卒業後は東大法学部の助手として研究者の道を歩み始めました。
1970年代中盤からはヨーロッパへ渡り、フランス留学(パリ大学)やスイスのジュネーブ高等国際問題研究所で客員研究員を務めました。フランス語、英語、ドイツ語、ロシア語などを自在に操るマルチリンガルとしての能力を磨き、ヨーロッパ外交史や国際政治の専門家としての基盤を確立します。
帰国後の1979年、31歳の若さで東京大学教養学部助教授に就任。当時としては異例のスピード出世であり、学会でも将来を嘱望される若手トップランナーでした。
1980年代末になると、テレビ朝日の『朝まで生テレビ!』や『ビートたけしのTVタックル』に論客として出演を開始します。複雑な国際情勢や国内政治の課題を、明快かつ歯切れの良いロジックで解説する姿は視聴者に鮮烈なインパクトを与え、一躍「お茶の間で最も有名な国際政治学者」としての地位を築き上げました。