日本で最も有名な名言の一つである「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。多くの人はこのフレーズを「人間はみな生まれながらに平等である」という理想主義的なメッセージだと受け止めています。しかし、1872年(明治5年)に出版された『学問のすすめ』初編の原文を精読すると、福沢の意図はまったく異なる文脈にあったことが判明します。
原文には、冒頭の言葉の直後に以下のような鋭い現実観察が続きます。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤上下の別なく……(中略)……されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しき人あり、富める人あり、貴人あり、下人ありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや」
ここで福沢は、冒頭で「〜と言えり(天は人を平等に造ったと言われている)」と伝聞の形を取り、天賦人権説を紹介した上で、「しかし現実の人間世界を見渡せば、賢い人と愚かな人、貧乏な人と富豪、身分の高い人と低い人がおり、その格差は雲泥の差ではないか」と強烈な問題提起を投げかけています。
では、なぜこれほど残酷な格差が生まれてしまうのか。福沢が提示した答えこそが、「学ぶと学ばざるとに由ってその猶(なお)相違を致すものなり」という結論です。生まれつきの家柄や身分ではなく、実生活に役立つ実学を学んだかどうかが、人生の富と立場を決定づけるという徹底した実力主義の宣言でした。